告 発 状
福岡地方検察庁小倉支部 御中
2007年(平成19年)8月24日
罪 名 公務員職権濫用罪、保護責任者遺棄致死罪
被告発人
勤務先:福岡県北九州市小倉北区大手町1番1号 北九州市小倉北福祉事務所
氏 名:菊本誓(上記福祉事務所長)
頭書罪名(刑法第193条、同第219条・218条)により上記被告発人を厳重に処罰されたく告発する。
告 発 事 実
被告発人は、
第1 福岡県北九州市事務職員として同市小倉北区大手町1番1号所在北九州市小倉北福祉事務所に勤務し、生活保護の実施機関である同事務所の所長として生活保護行政全般を担当していたものであり、北九州市小倉北区明和町所在の自己所有の家屋に居住していた被害者(当時51歳・男性)が平成18年12月7日に北九州市小倉北福祉事務所において生活保護の開始申請をしたことを受け、同日から同月26日までの間、被害者の生活状況等の調査を実施し、被害者が肝炎、糖尿病、高血圧のために就労困難で、損壊の著しい家屋に居住し、自宅の電気・ガス・水道まで停止された極度の困窮状態にあることを認識して、同月26日に被害者に対する生活保護の開始決定を行い、同人に対する生活保護を継続してきたものであるが、本来、生活保護の実施機関として、要保護状態にある生活保護の利用者に対して保護受給権を侵害して保護辞退届の提出を働きかけることは許されず、また、利用者から保護辞退届の提出を受けて保護を廃止する場合にあっては、その利用者が保護受給を継続できることを認識したうえで真意かつ任意に辞退を申し出たこと、及び保護廃止によって急迫した状況に陥らないことを確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、被害者のケースを「自立重点ケース」と位置づけ、被害者に対する生活保護を短期間で廃止すること自体を目的として、被害者に対する厳しい就労指導を繰り返したうえ、平成19年4月2日、生活保護の実施機関としての指導助言に仮託して、被害者をして保護辞退届を書かざるを得ないと誤信させたうえで、「自立しますので平成19年4月10日を持って生活保護を辞退します。」と記載された保護辞退届を作成させて交付させ、生活保護を廃止した後に被害者が急迫した状況に陥るか否かについて検討することなく、被害者に対する生活保護を同月10日付で廃止して、もってその職権を濫用して被害者の保護受給権を侵害し、
第2 前記のとおり福祉事務所の所長として、被害者が肝炎、糖尿病、高血圧のために就労困難で、損壊の著しい家屋に居住し、自宅の電気・ガス・水道まで停止された極度の困窮状態にあることを確認し、生活保護を開始しなければ、餓死に至る高度の蓋然性があることを認識して、平成18年12月26日に被害者に対する生活保護の開始を決定し、その後、同人に対する生活保護を継続したが、平成19年4月2日、未だ被害者が肝炎、糖尿病、高血圧を抱えた状態であるうえ、精神的にも不安定な状態であって、働ける状態にはなく、就労の目処も立っておらず、自宅のガス・水道も停止された状態であり、同日時点において、被害者が自力で日常生活を営むことは著しく困難となっており、社会的に完全に孤立して餓死に至る高度の蓋然性があることから、生活保護の実施機関として被害者に対する生活保護を継続して同人を保護すべき責任があるのに、前記第1のとおり職権を濫用して被害者に保護辞退届を作成させて交付させ、被害者に対する生活保護を同月10日付で廃止し、さらに被害者に対する生活保護を廃止した後においても、違法な不利益処分を行った行政庁として、職権をもって直ちに当該廃止処分を取り消して被害者に対する生活保護を継続すべき責任があるとともに、被害者の自宅を訪問するなどして同人が急迫した状況に陥っていないか確認し、同人が急迫した状況にあれば直ちに生活保護を開始し、同人が衰弱して自力で行動することが不可能であれば直ちに医師の手当を求めるなどして同人を保護すべき責任があるのに、北九州市小倉北区内の生活保護の利用世帯を減らすことに腐心するあまり、被害者に対する生活保護を廃止した平成19年4月10日以降、当該廃止処分を取り消さず、同人が急迫した状況に陥っていないか確認せず、同人が急迫した状況に陥った後も生活保護を開始せず、さらに同人が困窮して自力で行動することが明らかに不可能となった後も医師の手当を求めるなど救護の措置を講ずることもなく、被害者を放置し続け、よって、同年6月5日から7月10日までの間に、被害者の自宅において、被害者をして身体の一部がミイラ化した状態で餓死するに至らせた
ものである。
事 案 の 概 要
第1 本件の事実経過
1 被告発人が被害者に対し生活保護開始決定を行うに至った経緯
(1)被害者は、平成18年10月ころまでタクシー運転手として稼働していたが、肝炎、糖尿病、高血圧のため就労できなくなり、退職して生活に困窮するようになった。
(2)被害者は、同年12月7日、被告発人に対して生活保護の開始申請を行った。被告発人は、同月26日、被害者を要保護状態にあると認め、生活保護を開始するとの決定を行った。上記申請後、開始前に被告発人が被害者に対してなした検診命令の診断結果は、糖尿病・高血圧については「軽労働可」とのことであった。そこで、被告発人は、開始当初から、通院しながら軽作業の就労開始に向けた就労指導を行っていくとの処遇方針を立てた。なお、被害者の自宅は損壊が著しく、ガス・水道は、生活保護開始時、停止されていた。
2 被告発人が被害者に対し保護支給中に行った処遇について
(1)平成19年1月16日、被害者の担当ケースワーカーは、被害者の自宅を訪れ、被害者に対し、嘱託医協議の結果「就労可」となったと説明して、仕事を見つけて自立するよう指導した。同月18日、担当ケースワーカーは、被害者に対し、北九州市小倉北福祉事務所(以下、単に「福祉事務所」という。)において、ハローワーク等で求職活動するよう指導し、求職活動状況届書を提出するよう指導した。
(2)同年2月23日、担当ケースワーカーは、被害者の通院先の担当医師に対する病状調査を実施し、病状調査票の「医学的に見た就労についての意見」欄には、就労の可否については「□就労の必要がない □通院しながら就労可 □就労出来ない(該当傷病名・程度等を詳しく)」の3項目のうち「□通院しながら就労可」にチェックを付し、就労可能な仕事については「□軽い仕事 □普通の仕事」の2項目のうち「□普通の仕事」にチェックが付した。その後、福祉事務所の嘱託医に対して意見を求め、上記調査票の「福祉事務所嘱託医意見」欄には押印(ゴム印)によって「主治医の意見どおり」と記した。そのうえで、担当ケースワーカーは同日、被害者の自宅を訪問し、被害者に対し、病状調査結果が「普通就労可」であったと告げ、「より一層求職活動に励むように」と指導した。また、担当ケースワーカーが被害者に対して今までの求職活動の状況を確認したところ、同年2月に2度ほどハローワークに行っていたが、面接に入っていない状況であった。そこで、担当ケースワーカーは、被害者に対し、面接にまで行くよう強く指導した。また、熱心な求職活動を行わなければ文書指示を行い、保護の停廃止もありうる旨を説明した。なお、上記病状調査票に記された「普通の仕事」に「就労可」との意見については、被害者の死後、担当医師が、北九州市に対して、そのような診断を行った事実はなく、精神的にも不安定な状態であり、普通の就労ができる状態ではなかった、と抗議を行っている。
(3)同年3月19日、担当ケースワーカーは被害者宅を訪れたが、被害者は不在であったため、不在連絡票を投函した。また、担当ケースワーカーは、同月20日、22日及び23日に、被害者に架電したが、被害者は電話に出なかった。さらに、担当ケースワーカーは、同月23日、被害者宅を訪れたが、被害者が不在だったため、不在連絡票を投函した。このような経緯を経て、担当ケースワーカーは、同日、被害者の所在が不明だとして、被害者への保護費の支給方法を、口座振込から窓口払へ変更した。
(4)同月26日、担当ケースワーカーが被害者の携帯電話に架電したところ、被害者が電話に出て、「人に会いたくないので電話に出なかった」と発言した。そこで、担当ケースワーカーは、被害者に対し、精神科の受診を勧めたが、被害者はこれを断った。被害者の死後、発見された被害者の日記によれば、被害者は、同年2月ころから、「亡父や亡弟のところへ行きたい」旨や、「人間てなかなか死ねないものだ」「自分でわが命を絶つとは思わなかったです。52歳2ヶ月で」などの記載を行っていた。
(5)同月29日、担当ケースワーカーは、福祉事務所において、同所に呼び出した被害者に対し、2月から通院していないので通院するよう指導するとともに、病状調査の結果「普通就労可」との判断がされているのだから熱心に求職活動を行うようにと指導した。これに先立ち、被害者のケースは「19年度自立重点ケース」とされ、上記指導前日の28日付の個別協議票には「通院しながら、適職への就労へ向け求職活動を行わせる。」「法の趣旨を理解させ、早期自立を促す。」「室内の衛生保持指導を行う。」などと記載されたうえ、自立見込についても「・6ケ月以内 ・1年以内 ・3年以内 ・3年以上 ・無し」の項目のうち「・6か月以内」に丸印が付された。そして、この個別協議票は、同月30日付で陣内係長、常藤課長の決裁を経た。
3 被告発人が被害者に対し生活保護を辞退させ、生活保護を廃止した経緯について
(1)同年4月2日、被害者が保護費受給のために福祉事務所を訪れた際、担当ケースワーカーは、被害者に対し、早期就職に向けて就労指導を行った。すると、被害者は、「自立して頑張ってみます。」と発言した。そこで、担当ケースワーカーは、被害者に「小倉北区明和町某番某号 氏名 印 自立しますので平成19年4月10日を持って生活保護を辞退します。」という文面の保護辞退届を書かせ、提出させた。しかし、このとき、被害者は現実に仕事に就いておらず、就職が内定していたわけでもなかった。また、担当ケースワーカーは被害者の自立の目処について何ら確認していなかった。
(2)同月10日、担当ケースワーカーは、同日付で、保護辞退を理由に生活保護の廃止決定を行ってよいかとの決定伺いを起案した。同月12日、被告発人は、これを認める決裁を行った。また、被告発人は、同月11日以後同月30日までの保護費の日割り額は、生活保護法80条に基づき、返還免除とした。このとき、被害者の自宅は相変わらず損壊が著しい状態で、水道・ガスは停止していた。
4 保護辞退後の被害者の状況について
(1)被害者は、同月5日、日記に「身体がきつい、苦しい、だるい。どうにかして」と記載した。また、同日以降5月25日までの間、日記に「せっかく頑張ろうと思っていた矢先、切りやがった。生活困窮者ははよ死ねってことか」と記載した。さらに、同年5月25日には「小倉北のエセ福祉の職員ども これで満足か。貴様たちは人を信じる事を知っているのか。3月家で聞いた言葉は忘れんど。市民のために仕事せんか。法律はかざりか。書かされ印まで押させ 自立指どうしたんか」と記載した。これらの記載から、被害者によって作成されたとされる保護辞退届は、決して被害者が任意かつ真意に基づいて記載したものではなく、被害者が福祉事務所の担当ケースワーカーから「自立指導」の名の下に働きかけを受けて書かされたものであることは明らかである。
(2)同年5月終わりか6月初めころ、近所の住民は、見るからに頬がこけ、顔が土色になり、顔全体に高齢者にできるようなしみが出た被害者を目撃した。被害者は、同年5月25日、「午前2時 腹減った。オニギリ腹一杯食いたい。体重も68キロから54キロまで減った。身体の動きが鈍い。何もかもなくなりました。全部自分の責任です。だけど汚い人間多かったナ」、同年5月26日、「午前3時 人間食ってなくてももう10日生きてます。米食いたい。オニギリ食いたい」、6月5日「午前3時 ハラ減った。オニギリ食いたーい。25日米食ってない」と日記にそれぞれ記載した。これらの目撃情報や日記の記載から、遅くとも同年6月5日までに、被害者が極度の困窮状態に陥り、衰弱して、自力で行動することが不可能となっていたことは明らかである。
5 被害者の遺体発見の経緯
同年7月10日、被害者の中学時代からの友人が約8ヶ月ぶりに男性を訪ねた。友人は、被害者宅に鍵がかかり、内張りしてある状態で、異臭がしていたことから異変に気づいた。この友人から異変を知らされた近所の住民が福祉事務所に連絡し、福祉事務所が小倉北警察署に通報した。知らせを受けた警察署員が被害者の自宅に立ち入ったところ、一部がミイラ化した被害者の遺体が発見された。このとき、被害者の自宅は屋根が大きく破れ、壁や窓の一部が外れており、吹きさらしで、およそ人が住んでいたようには見えない状態であった。
6 被害者の遺体発見後における北九州市の反応
同年7月11日、三崎利彦北九州市保護課課長は、「男性の体の調子は良くなっており、タクシー運転手という技能もあった。本人の『自立する』という意思表示があって自立がうまくいったモデルケース」「生活保護制度を活用して短期間のうちに自立できたモデルケースだった」などと発言した。この発言から、北九州市において就労指導を背景に保護辞退届を作成させて提出させ、その保護廃止届に基づいて保護を廃止する運用が一般的な運用として定着していたことがわかる。北九州市における人命を軽視した生活保護の運用は、昨年にも同市門司区において生活保護の開始申請をしようとした市民に対し、違法に申請の受付を拒否した後の餓死事件が発生していることからも明らかである。
第2 本件における被告発人の行為が犯罪にあたること
1 公務員職権濫用罪(刑法第193条)
(1)本罪の主体は「公務員」であるが、被告発人は北九州市職員であり、公務員にあたる。
(2)「職権を濫用し」とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることをいう。この一般的職務権限は法律上の強制力を伴うものであることを要しない。
本件では、生活保護行政を担う被告発人が、あたかも生活保護法27条1項に基づく適法な指導指示であるかの如くに装いながら実際には違法な保護辞退届を被害者に書かせたうえ、この保護辞退届を根拠として被害者に対する生活保護を廃止している。保護の辞退を理由とした廃止処分については、①保護の受給要件を満たしている被保護者に対して、保護の実施機関の側から辞退を勧めることは、保護受給権の侵害につながり許されないものであり、②被保護者が、保護受給が継続できることを認識したうえで、任意かつ真摯に辞退を申し出たといえること、③被保護者に経済的自立の目処(十分な収入が得られる確実な見込み)があり、保護廃止によって急迫した状況に陥ることがないこと、④上記の②、③の要件充足性を確認するため、保護制度上、被保護者に保障された諸権利等を正確に教示し、辞退理由や保護廃止後の生計維持方法等を聴取するなどして調査し、被保護者に誤解があれば正しい説明を行うなどの手順を踏むこと、という要件が満たされない限り無効であると解される。このような考え方は、広島高等裁判所2006年9月27日判決(賃金と社会保障1432号)及び京都地方裁判所2005年4月28日判決(判例時報1897号88頁)、東京都生活保護運用事例集(問8-46)及び2005年5月19日付京都市保健福祉局長通知「保護廃止時における適正な事務手続について(通知)」などにおいても、当然のこととして認められている。
しかし、生活保護の行政運用の現場では、これまでも保護辞退届が福祉事務所による違法な保護打ち切りを糊塗する便法として悪用されてきた。本件でも、被害者に対する違法な保護打ち切りを糊塗する便法として保護辞退届が悪用され、指導指示に仮託した職権濫用がなされたのである。
(3)「権利の行使を妨害する」とは、法律上認められている権利の正当な行使を妨げることを言う。
本件では、被害者は、憲法25条及び生活保護法1条などによって保護受給権を保障されており、被告発人の保護廃止によってその正当な権利行使が妨げられている。
(4)被告発人は、少なくとも広島高等裁判所の判決については、昨年10月26日に行われた北九州市の「平成18年度第4回保護担当課長会議」で判決を報じた新聞記事が配布されており、十分にその内容を認識していた。したがって、被告発人には職権濫用についての故意も認められる。
(5)よって、被告発人には公務員職権濫用罪が成立する。
2 保護責任者遺棄致死罪(刑法第219条・218条)
(1)本罪において被害の対象となるのは、「老年者、幼年者、身体障害者または病者」である。「病者」は肉体的・精神的に健康を害されている状態であればその原因如何を問わないが、保護法益が生命であることから、要扶助状態、すなわち他人の保護によらなければみずからの日常生活を営む動作をすることが不可能もしくは著しく困難なため、自己の生命に生ずる危険を回避できない者であることを要するとされている。
本件被害者は、以下に述べるように、平成19年4月2日時点ですでに「病者」であって、遅くとも同年6月5日頃には確実に「病者」となっていた。すなわち、被害者は、生活保護の開始決定が出された平成18年12月26日当時、すでに肝炎、糖尿病、高血圧のために就労困難で、損壊の著しい家屋に居住し、自宅の電気・ガス・水道まで停止された極度の困窮状態にあった。その後、被害者は、平成19年2月ころから、自らの日記に、「亡父や亡弟のところへ行きたい」旨や、「人間てなかなか死ねないものだ」「自分でわが命を絶つとは思わなかったです。52歳2ヶ月で」などの記載を行い、さらに、同年3月19日から同月26日までの間、担当ケースワーカーが被害者を来訪したり、架電したりしてもこれに応えなかった。同月26日、担当ケースワーカーが被害者の携帯電話に架電した際には、「人に会いたくないので電話に出なかった」と発言した。同日、被害者と電話で会話を交わした担当ケースワーカーは、被害者の精神状態の異常に気付き、被害者に対し、精神科の受診を勧めたが、被害者はこれを断った。その後、被害者は、福祉事務所を訪れた同年4月2日時点においても、相変わらず、自宅家屋の損壊が著しいままであって、ガス・水道も停止された状態であり、肝炎、糖尿病、高血圧を抱えたうえに、精神的にも不安定な状態であった。4月2日に至るまでの被害者の生活実態や被害者の発言等に照らせば、同日当時、被害者が自力で日常生活を営む動作をすることが著しく困難な状態にあり、「病者」にあたることは明らかであった。もちろん、被害者が同日福祉事務所を訪れていることも、決して被害者の重い病状を否定する事情とはならない。担当ケースワーカーは、同年3月23日に被害者に対する保護費の支給方法を口座振込から窓口払へ変更したうえで、被害者に対し、福祉事務所に来るよう指示している。被害者は、肉体的にも精神的にも酷い状態であったにもかかわらず、生存のために不可欠となる保護費を受け取るために、やむを得ず、無理をして、必死の思いで福祉事務所を訪れたというのが実態なのである。そして、被害者は、その後に餓死しており、遅くとも、自らの日記に「午前3時 ハラ減った。オニギリ食いたーい。25日米食ってない」と記載した平成19年6月5日ころ、肉体的・精神的に健康を害されてもはや自力で日常生活を営むことが不可能となっていたことは確実であって、「病者」にあたる。
(2)「保護責任者」とは、老年者、幼年者、身体障害者または病者すなわち要扶助者の生命の安全を保護すべき法律上の義務を負う者をいう。社会通念上、危険の防止が委ねられており、要扶助者の安全を支配できる地位にあるとき、その者に保護義務が生じ、その根拠としては、法令、契約、事務管理および慣習・条理がある。
本件では、前記のとおり、平成19年4月2日時点において、被害者はみずからの日常生活を営む動作をすることが著しく困難な状態にあったのであり、被告発人は、生活保護の実施機関として、被害者に対する生活保護を継続して被害者の生命の安全を保護すべき法律上の義務を負っていたことは明らかである。また、平成19年4月10日から7月10日までの間の被告発人の保護義務についても以下の理由で認められる。すなわち、被害者は、肝炎、糖尿病、高血圧のために就労困難で、損壊の著しい家屋に居住し、自宅の電気・ガス・水道まで停止された極度の困窮状態で生活保護の申請に至った。生活保護法第4条1項は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と規定し、補足性の原理を定めている。平成18年12月7日付で被害者に対する生活保護の開始決定が出たことから、この当時、被害者が他の資産、能力、その他の制度によって生活することができない状態にあったことは明らかである。そして、被害者は、平成19年4月2日時点においても、肝炎、糖尿病、高血圧を抱えた状態で、精神的にも不安定な状態であって、働ける状態にはなく、就労の目処が立っておらず、自宅のガス・水道も依然として停止された状態であった。要保護状態が継続していたのみならず、餓死に至る高度の蓋然性があったのである。生活保護の廃止は、被害者にとって、物理的・精神的に生存のための最後の頼みの綱が断ち切られることを意味するものであった。とりわけ、被害者は、前記のように、精神的に不安定な状態にあり、担当ケースワーカーに対しても「人に会いたくないので電話に出なかった」などと発言していたのであるから、生活保護の廃止によって被害者が社会的に完全に孤立した状態に陥る危険性は極めて高かった。それゆえ、前記のように、安易な保護廃止は決して許されないものであった。ところが、被告発人は、職権を濫用して、被害者に対する生活保護を廃止したのである。これは明らかに重大な違法行為である。違法な不利益処分を行った行政庁は職権をもって自ら取り消す義務を負っている(杉村敏正『行政法講義総論(上)〔全訂版〕』〔1969年〕235ページ)。被告発人は、職権をもって、被害者に対する生活保護の廃止処分を自ら取り消す責任を負うとともに、その明白かつ重大な違法行為によって生じる生命侵害の危険を除去するための最大限の措置を講じるべき義務を負うのであり、被害者に対しても、その生命を保護すべき法律上の義務を負っていたのである。
(3)「生存に必要な保護をしない」とは、老幼者に食を与えないとか、病者に薬を与えないというように、要保護者と場所的には隔離しないで生存に必要な保護責任を尽くさないことをいう。
本件では、被告発人は、平成19年4月10日付で被害者に対する生活保護を廃止して、被害者にとっての物理的・精神的に生存のための最後の頼みの綱が断ち切り、さらにその後も、前記の保護義務を懈怠して被害者を放置し続けている。被告発人が被害者に対して生存に必要な保護をしなかったことは明らかである。
(4)被告発人の行為と被害者の死という結果との間の因果関係についても、保護廃止となった平成19年4月5日以降、同年5月25日までの間に、被害者が日記に「せっかく頑張ろうと思っていた矢先、切りやがった。生活困窮者ははよ死ねってことか」と記載していること、その後、平成19年6月5日には「午前3時 ハラ減った。オニギリ食いたーい。25日米食ってない」と記載していることなどに照らせば、被害者にとって生活保護が生存のための最後の頼みの綱であって、その綱が断ち切られたために餓死に至ったことは明らかである。
(5)本罪は結果的加重犯であるところ、主観面については、基本となる構成要件に該当する故意と重い結果との間に因果関係があれば足り、重い結果について過失がない場合にも結果的加重犯が成立するというのが判例の立場である(最判昭32年2月26日刑集11巻2号609頁)。仮に、重い結果について過失を要する立場に立つとしても、本件では、昨年の門司区における餓死事件を踏まえたうえで、前記広島高裁判決に基づいた運用を行うべきであるにもかかわらず、敢えてこれに反する運用を行っていたのであり、結果予見義務違反、結果回避義務違反が認められるのであって、重い結果に対する過失があることは明らかである。
(6)よって、被告発人には保護責任者遺棄致死罪が成立する。
第3 結語
北九州市においては、2005年と2006年にも生活保護が認められなかった男性が死亡する事件が起き、本件は3年連続の生活保護をめぐる死亡事案である。同市において、こうした死亡事件が相次ぐ背景には、「闇の北九州方式」と呼ばれる、徹底した保護費削減策(いわゆる「適正化」政策)がある。現に、保護の申請率(生活保護に関する相談件数に対する申請件数の割合)は、全国平均30.6%であるのに対し、北九州市は15.8%に過ぎない(平成17年度)。また、格差と貧困の拡大に伴い、全国的に保護率は増加傾向にあるのに対し、北九州市のみが逓減傾向にあって、その特異性は際だっている。
そして、本文中においても指摘したとおり、本件が発覚された当初(本年7月11日)、同市の三崎保護課課長は、「(本件は)自立がうまくいったモデルケースである」という驚くべきコメントをした。その後、マスメディアや同市生活保護行政検証委員会などで厳しい批判を受けたにもかかわらず、同市は、「本件の取り扱いに誤りはなかった」という基本姿勢を一向に改めることがないばかりか、同年8月2日には、「今回のように稼動(注:原文ノママ)年齢層にあって、本人の真意な意志による保護の辞退届の提出がなされた場合、廃止を前提とした取り扱いは従前どおりである」との通知まで発している。
痛ましい事件の発生を繰り返しながら、このように全く無反省な態度を貫く同市の姿勢は厳しく批判されなければならない。このままでは、同市において、早晩、さらなる「保護行政の犠牲者」が発生することが必至である。
こうした事態を防ぐためには、本件について刑事処分によって厳しく断罪することが不可欠である。
(なお、事は北九州市だけの問題に止まらない。旧厚生省は、1967年から1997年までの31年間のほとんどの期間、北九州市に出向者を幹部職員として派遣し、同市を「適正化」政策の実験場としてきた。同市は、厚生労働省にとって「保護行政の優等生」なのであり、同市の行き過ぎた「適正化」が是正されることなく放置されることとなれば、日本全国で本件のような悲劇が続発することも決して杞憂とは言えない。)
そこで、告発人は、被告発人の行為が福岡県北九州市小倉北区大手町1番1号所在の北九州市小倉北福祉事務所でなされていることから、御庁に対し、本告発状記載のとおり、被告発人の刑事責任を追及して処罰を求めるものである。